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◆時代  ◆語源  ◆絵画  ◆家具  ◆服飾  ◆髪  

◆化粧  ◆香水  ◆サロン  ◆音楽  ◆結婚  ◆育児

初版★04.02.20
改訂★08.01.16
時代 【真のロココ時代】
フランス王ルイ15世が親政を始めた1720年代〜ポンパドゥール夫人が逝去する
1760年代の終わりまで。

【一般的にいわれるロココ時代】
18世紀フランスを中心としたヨーロッパの繊細優美な装飾美術や生活様式を
ロココという。
語源 ロココの語源は、「ロカイユ」という貝殻や小石の装飾を意味する言葉からきている。
バロックの語源「バロッコ(ゆがんだ真珠)」に語呂を合わせたもの。
つまり造語。
しかし、当時の人々は「ロココ」なんて言葉は知りません。
そんな言葉は存在していなかったのですから。
では誰が名付けたのでしょうか。

命名者は、新古典主義画家。
「倹約、質素、勤勉」が新古典主義の理念であるので
新古典主義になる前の美術を軽蔑してこう呼んだことから生まれた。
確かに18世紀の宮廷は「贅沢、優雅、快楽」ですから正反対なんですよねぇ。

現代では「ロココ」という呼称に全く軽蔑の意味は無くなった。
美術だけでなく、芸術全般の様式を指す言葉として使用されている。
ロココという言葉の響きは可愛らしくて好きです。
絵画
優美で繊細なタッチ。
貴族趣味的で、享楽と官能に満ちているものと、庶民の日常を静かに描いたものがある。

*---代表的な画家---*

ジャン=アントワーヌ・ヴァトー (1684-1721)
…雅宴画というジャンルを確立させた。
ジャン=マルク・ナティエ(1685-1766)
…女性を女神に見立てて描いた宮廷の肖像画家。
ジャン=バティスト=シメオン・シャルダン(1699-1779)
…庶民の日常や静物画を描いた。
フランソワ・ブーシェ(1703-70)
…ポンパドゥール夫人の庇護を受けた宮廷画家。
モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール(1704-88)
…パステルによる肖像画家。
ジャン=オレノ・フラゴナール(1732-1806)
…明るい色彩の風俗画を軽快に描いた。
家具 「ポンパドゥール侯爵夫人」ブーシェ作(部分)ロココの特徴である
「猫足」「鹿の後脚」と呼ばれる曲線。
女性的で優美。安楽さの追及。

ルイ15世様式がまさにそのもの。
ルイ16世様式になると、猫足じゃなくてすっきり直線的
になる。

←ポンパドゥール夫人の肖像画の中にも描かれています。
服飾 この時代のモードは女性が主役。

 *---ポンパドゥール夫人の時代のドレスについて---*

宮廷用ドレスの形式は、ローブ・ア・ラ・フランセーズという。
左右からかぶさるような前開きの作り。
背中側は布地が上部で深くたたまれ縫い止められたプリーツが、裾に向かってふわっと広がりながら下りている。
スカートの部分はジュップといい、横広がりのシルエット。
ローブのジュップ部は、前面がウエストから裾に向かって三角形に大きく開いている。
大きく開いた部分には、共布のペティコートが見える。
ローブのV字の下の逆三角形の胸当てはピエス・デストマ
この時代のピエス・デストマは、装着のたびにローブの前面に縫い止めされていた。
胸のリボン結びの列の装飾はエシェル(梯子の意)といい、下にいくほど小さなリボンになっている。
袖口のレースはアンガジャントという。

↓こちらのポンパドゥール夫人の肖像画のドレスはどちらもローブ・ア・ラ・フランセーズです↓
「ポンパドゥール侯爵夫人」ブーシェ作 「ポンパドゥール侯爵夫人」ブーシェ作
ドレスの下には横広がりのパニエコルセットが着装された。
(コルセットという用語は19世紀以降のもの)
パニエ(鳥籠の意)はジュップを横に膨らませる為の輪骨入りペティコート。
宮廷では着用が義務付けられていた。
ウエストはコルセットで締め付け、乳房を下から持ち上げるように出来ている。

豪華なドレスの下には、シルエットを整える秘密兵器が隠されているのですね〜。
フリゲート艦ユノ「髪型」ユザーヌ著男性は、かつらを着用。男女とも髪粉(小麦粉)を頭にふりかける。
地毛であろうと、かつらであろうとふりかける。
これは、年齢や汚れをごまかすためである。

ポンパドゥール夫人の時代の女性の髪はコンパクトだったが、マリー・アントワネットの時代の女性の髪は、前髪を高くし、飾りをつけて巨大化した。
大きく結い上げた髪の上は、いろいろ奇抜なものが飾られた。

←アメリカの独立戦争で、イギリスにフランス軍艦が勝利をおさめた時には、その軍艦を頭に乗せた。
化粧 白粉の上にほほ紅をつける。
つけぼくろ(パッチ、フランス語ではムーシュ)をつけて、よりいっそう顔の白さを際立たせた。
つけぼくろは、好きな形に切り抜いたタフタ(緻密な絹の平織物)や、薄くなめした皮革などを、顔や胸元に貼りつけるお洒落。貼る場所によって意味をもたせていた。

★額中央→厳格
★こめかみ→悩殺的
★目尻→情熱的
★ほほ中央→上品
★鼻の上→図々しい
★口もと→接吻好き
★あご→無口
★左ほほにハートは婚約中で、右に移動したら既婚
など。
「化粧」ブーシェ作(部分) パッチ化粧「香水の本」リンメル著
左の女性は情熱的なのですね。じゃあ、右の絵は一体…?
香水

清潔より香りが重要な時代。
ヴェルサイユ宮殿には人数の割にはトイレが少なく、物陰で用をたす人が多かった。体を清潔に保つ入浴の習慣もないため、悪臭を紛らわすように香水を使用していた。
香水は、身体以外に皮の手袋や扇の皮の匂い消しにも使用された。
芳香宮と呼ばれたルイ15世の時代、ヴェルサイユ宮殿の住人は、毎日異なった香りを使用しなければエチケット違反とされた。その香りのほとんどが動物性のものである。ポンパドゥール夫人はムスク(麝香)の香りを好み、デュ・バリー夫人はアンバー(竜ぜん香)を好んだ。
宮廷での香りの流行を植物性のものに変えたのはマリー・アントワネット。
スミレと薔薇の香料を流行させた。

サロン パリでは、貴族やブルジョワの女性が文芸サロンを開いていた。サロンは文人や芸術家たちが邸宅に招かれ、文芸や思想の情報交換や作品の発表、自由な議論などが行われる場となっていた。
   
    *---主なサロンの流れ---*

ランベール侯爵夫人のサロン(貴族階級のみ出入り可)
     ↓
タンサン夫人のサロン(才能を気にせず出入り出来た)
     ↓
ジョフラン夫人のサロン(ビューロ・デスプリの模範、超一流の人々が集う)
デファン夫人のサロン(ジョフラン夫人とライバル)
     ↓
レスピナス嬢のサロン(百科全書の女神)
音楽 *---フランス・ロココ時代の音楽について---*

ロココ様式の別名で「ギャラント様式」ともいう。
後期バロック時代にフランスで生まれた様式。
典雅で軽快・優美な音楽。

クラヴサン曲は、気の利いた小粋な標題が付けられ娯楽的な色彩を持つ。
(「ミューズ達の対話」「ちゃめっけ」など)
豊かな装飾音も特徴。

ポンパドゥール夫人もクラヴサンを演奏します。
「ポンパドゥール侯爵夫人」ブーシェ作(部分)

【代表的な音楽家】

ジャン=フィリップ・ラモー (1683-1764)
ジャン=ジョセフ・カッサネア・ド・モンドンヴィル (1711-1772)
ジャック・デュフリ (1715-1789)

この時代のオペラのCDを聴いたのですが、舞台と日本語訳がないと、よく解らないというのが本音です。
でもポンパドゥール夫人がこんな感じで歌っていたと思うと、感慨深いものがあります♪
結婚 この時代の結婚は、地位や財産の継承を目的とした家同士の結びつきが第一であり、結婚相手を決めるのは親の権限。従って恋愛結婚は滅多にない。
10代の若い娘が60歳の離婚経験のある男性のところへ嫁がされる事もあった。
これは、結婚前の娘に自由がなかったからである。
恋愛の自由、結婚相手を決める自由、行動の自由などはなく、常に親の監視のもとで生活していた。

しかし、結婚によって初めて自由が手に入る。
貴族や上流市民階級では、配偶者以外の異性と自由な恋愛が出来た。お互いに恋愛相手の存在を許し、恋愛の自由を尊重する事が礼儀とされた。
たとえ結婚相手を愛してしまい、心の中では嫉妬していても、表に出すのはマナー違反。配偶者を愛してしまった人は、社交界から悪趣味な変わり者として軽蔑された。

現代では結婚すると自由に恋愛が出来なくなるのに対し、この時代は結婚すると自由に恋愛が出来るんですね。見事に正反対!
育児 子供は生まれてすぐに乳母に預けられた。(長男以外)
上流階級では、母親が育児に時間を取られる事なく社交界に復帰するためであり、一般庶民では、働くために賃金の安い乳母に預けていた。
新生児は産着の上から身体を木綿の布でグルグル巻きにされ、身体の自由を奪われた。子供の身体を自由にしておくと、事故や怪我、あるいは病気のもとだと思われていた事による伝統的な習慣。

1762年、ジャン=ジャック・ルソーの教育論『エミール』が出版され、このような子供の自由を奪う習慣を非難し、包帯状の産着(スワドリング)の追放と母親の育児を提唱する。それによって産着はゆったりしたワンピース・ドレス型になり、母親は我が子を自分の母乳で育てる事が流行する。

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